書き殴り三船さん掌編
勢いだけで書いた掌編にも届かない文です。
「三船さん、俺のこと『あなた』って呼んでみてもらってもいいですか」
首都高の渋滞に巻き込まれ、助手席に座る三船さんとの会話も途切れ途切れになった頃、ふとふざけ半分で言ってみた。
「……え。その。プロデューサーさん……それはまた……ええと、あの」
彼女は戸惑いを顔に塗りたくり、頬を赤く染めた。
うつむいたり、外を見たり、こちらを向いたと思ったらすぐ目を逸らしたり、指をもじもじさせたり、口を控えめに開いたりとじたり。その挙動の不審さは、三船さんの動揺をよく表していた。
彼女のこんな恥ずかしがる姿を見たくてついからかってしまった訳だが、それにしても成果が上がり過ぎだ。
何だか申し訳なくて、謝罪の言葉を口にする。
「ああ、そんなにうろたえないで下さい。冗談です冗談。俺なんかにそんな大事な言葉使わないでいいですからね」
女性にこういうネタはよくなかった。などと俺が思ってもあまり説得力が無い。
車が流れ始めたのに合わせ周囲を確認した時、前を向く三船さんが無表情になっている事に気付く。
あ、これ怒ってる。やば、何かやらかしたか俺。
冷や汗をかいて、現場に着くまでに何をどうフォローすべきか考えようとした瞬間、三船さんは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、こちらを向く。そして、僅かに唇を動かした。
「あなた」
その声を耳にし、鼓膜まで響くのに、何秒かかっただろう。まばたきするよりも短いはずなのに、まるで時が止まったかの様に感じられた。
天使の吐息と聞き違えてしまいそうな三船さんの美声が、俺の脳を一発で溶かした。
「あなた」
その一音ごとに、心臓が跳ねる。
その言葉は、甘美な想像を具体的に湧き上がらせた。
仕事に疲れた俺は、静かな森の中でハンモックに揺られてうたた寝をしている。
微かに注ぐ陽射しと、柔らかな風。都会の喧騒から離れたこの場所は、リフレッシュするのに丁度いい。
その横の切株に、大切な人が座っている。 読書をする彼女を視界に入れると、すぐこちらに気付いて微笑んでくれるのだ。
「あなた」
我に返ると、車は路側帯に止まっていた。
幻を見た。いやしかし、耳に残る三船さんの声は間違いなく現実だ。
まさか、ここまでだなんて。三船さんのこの一言が、俺の心をここまで強烈に揺さぶるなんて。
「ねえ、あなた」
俺を呼ぶ力がより強まる。その「ねえ」もまた、耳の中で甘美に響く。
堕ちそうになるのをどうにか堪え、俺は口を開いた。
明らかにムキになっている三船さんに対し、平謝り以外の選択肢なんてない。
「はい。ごめんなさい」
「あら……あなた、そんな。謝らないで下さい。私、怒ってなんか……いませんよ?」
そういう三船さんの笑顔は、目が笑ってない気がする。俺は慌てて首を振る。
「本当ですよ。あなた」
彼女は俺の頬に手を添えて、続けた。
「からかわれてたんだな……とか。私の気持ちを弄ばれちゃったかな……とか。そんな風に思ったりはしましたけれど……」
「それすごく怒ってますよねほんの出来心だったんですごめんなさいごめんなさい」
「いえ……その。本当に怒ってる訳じゃなくて。……なんというか」
俺の頬から自分の頬に手を移して、三船さんははにかんだ。
「何度も言う内に……何だかその気になってきてしまって」
彼女の顔は、夕日の様に朱い。きっと俺も似たようなものだ。
三船さんはこちらへ向き直って、少し潤んだ瞳で俺の眼を捉えた。
そして、ほのかに紅色が乗ったその唇で、ゆっくりと言葉が紡がれる。
「ねえ……あなた。私の事……美優って サーバーとの接続がキャンセルされました。